言語化することが好き。 決して楽しいことばかりじゃないのにやめられなかった「書く」こと。 改めて好きだと気づいた今、感じたこと、考えたこと、もっと書いてみます。
*神様を閉じ込めるんだ
2008年09月13日(土) 22:21
こんばんは。チャーリーです。
今日は心配してた例の日だったわけですが。まぁ、まだ不安は消えないんですけどしっかりしようと思います。一番不安なのはお母さんなわけで。うまく立ち回らなきゃね。

人に打ち明けるって、やっぱり大事なことなんだなぁと思います。話したから何がどうなるわけでもないんだけど、やっぱり気が楽になります。心配してもらうって悪くないななんて思ったり…

【記録】
 ・カンナさん大成功です!
 (主人公かわいい。ガッキーみたい。ガッキーと違って演技うまいけど…)
 
 ・アヒルと鴨のコインロッカー
 (主人公かわいい。映画館で一回見たけど、やっぱり秀逸です)


今日、お母さんと一緒に見たDVDでした。映画館行きたいなぁ。
*余裕
2008年09月13日(土) 01:35
だいぶ更新していませんでした…
見に来てくれていた人、ごめんなさい。

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ある程度、余裕がないといけないなと最近はすごく思っています。家事をするにしても。人の愚痴を聞くにしても。人の相談にのるとしても。旅行に行くとしても。働くにしても。何をするにしても。

自分の好きなことをするには、ある程度の余裕と周りからの援助がなければできませんね。そのことを忘れちゃいけないなと思いつつも、恵まれているとついつい忘れてしまうものです。

「前に比べて、やる気がなくなったね」と最近言われたんですが。実際、否定できませんでした。やる気というか、勢いというか、優先順位の問題なんだよと言いたいことはいっぱいありましたけど。でも、結局自分の問題なんでね。いくら言っても言い訳にしか聞こえない気がして言うのが虚しくなるわけです。自分のことって、どうしても客観的に見れなくなるし。主観的なことって、やっぱり説得力に欠けるじゃないですか。

そんなことを考えてると、自分がうだうだ考えていたことを相談した時の友達の対応を思い出すんです。その友達にどんなに話しても私の立場、ちょっと語弊があるかもしれないですけど「味方」にはなってくれないんです。こっちの考えを言っても私が話に出す相手の立場で話を聞くわけです。

何だ、そんなことって感じに聞こえるかもですけど、意外とこれが難しい。相談されると、どうしてもその相談してきた相手に同調する感じになりません? 相談してきた相手に対して、悪く言えば「持ち上げて否定せずに」話を聞きがちになるんですね。だって否定したら、せっかく相談したのにってなるし、相手の機嫌を損ねちゃいますからね。「客観的な意見が聞きたい!」ってよく言われますけど、実際は客観的な意見を言うのって難しいです。

でも、その子は私の「味方」にはならないで意見をくれるんですね。ある意味、すごく客観的な意見を冷静にくれるんです。そりゃ、私も最初は何でそんなに自分じゃない人の立場に立って意見を言うんだって思ったんですけど、自分で思いつめてるとき、特に誰かに憤っているときって冷静になれないから、そういう意見こそ貴重なんだなって。説明されて納得しました。

まー、でも同調もしてもらえないと寂しいですけどね!その子も毎回そういう態度で接するわけじゃないです。時と場合と相手によるということで。そういう相談の乗り方もあるってこと。情緒不安定になっている時は「味方」になってもらえると落ち着くものね。ありがたいことです。

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長くなりました。しっかりしなきゃ!
ここまで読んでくれた人ありがとうございます。

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