2008年11月29日(土) 01:12
昨日の続き。
***
その一つが体調である。私は大学三年生になってから、体調を崩す日々が続いていた。咳が止まらず、夜もよく眠れない日々が続く。だが、今まで特に大きな病気をしたことがなかったために、そのうち治るだろうと高をくくっていた。早く病院に行かなければと思いつつも、授業やアルバイトを休むとなると、その後が面倒なことになると思い、なかなか足を運ばずにいた。体はだるく、正直何もする気になれなかった。だが、やることはたくさんある。やらなければ周りに迷惑がかかる。でも、思うように動いてくれない自分の体。不満が募り、自己嫌悪になる毎日だった。
約一ヶ月そんな状態が続いたとき、やっと病院に行く目処がついた。百日咳だと診断され、しまいには喘息が発症してしまった。病院の先生には、なぜもっと早く来なかったのかと怒られた。「ゼミもサークルもやめなさい」と言われるのではないかと思い、親には体調のことを黙っていた。しかし、飲んでいた薬が見つかって結局怒られた。
薬を飲んで布団に横になりながら、健康でいられることはどれほど幸せなことかを実感していた。私は生きていれば何でもできると思っていたが、そうではない。私がこうしてキーボードを叩いているときに、治療に苦しみ、病と闘っている人がいる。肉体的な病だけではなく、精神的なものもあるだろう。死んでしまったら終わりだと、健康で不自由なく暮らしている私より遥かに強く感じているに違いない。生きているからといって、何でもできるわけではないのだ。自分が健康に恵まれていると、そのことを忘れて毎日を送りがちである。健康であるかどうかは、全ての人間の可能性に大きく関わることであり、生きていく上で重要な要素だろう。
自分が身を置く社会についても同じことが言える。私は日本に住んでいる。高級な暮らしをしているわけではないが、大学進学をして、飢えに苦しむこともなく暮らしている。アルバイトをして、それなりに自由に遊べるお金もある。同じ日本に住んでいても、食に困っている人や希望通りの進路が選べなくて苦しんでいる人もいる。自分が身を置く社会によって、行動が制限されてしまうこと。これは日本だけではない。
もっと目線を遠くにして考えてみれば、日本以外で行動が制限されてしまっている人は多くいる。今でも頭から離れないのは二年前にカンボジアに行ったときのことである。そこで出会った女の子の将来の夢はファーストフード店の店員だという。これを聞いたとき、正直に言って私は「日本なら、高校生からアルバイトでできる仕事じゃないか」と思ってしまった。それを彼女は一生の仕事にしたいのだという。
失礼な話だが、私はそれが一生の仕事でいいのかと当時は思ってしまった。日本で暮らす私にとって、その女の子の夢はとても小さく感じられてしまったのだ。日本と比べて「行動が制限されている」とショックを受けたのを今でも覚えている。
だが、行動が制限されているのではないか、夢が小さすぎるのではないかと感じてしまうのは私の価値観である。先進国と同じような暮らしをすること、日本でできることが彼女にとって幸せとは限らない。行動が制限されていると私がいくら感じたとしても、その国で家族と一緒に暮らすことができること、見慣れた風景に囲まれていること、友達が周りにいることを考えたら、その国で暮らすことは彼女にとって幸せすぎることなのかもしれない。その国でファーストフード店の店員をすることは彼女の大切な夢なのだ。それを小さいとか、日本では考えられないと思ってしまうのは、その国で彼女を毎日見ていない私の価値観の一方的な押し付けに違いない。
生き続けていれば、これから何かをできるという可能性はなくならない。だが、生きていても無限の可能性があるとは限らない。あったとしても、その先に待ち構えることには個人差がある。食に困らず、健康に困らなかったとしても、やることを目の前にして嫌気が差す。食に困っていたとしても、やりたいことを見据えてワクワクする。本当に生き方は人それぞれなのだ。生きているから無限の可能性があるのではなく、生きている人それぞれが持っている可能性があるのだろう。死んでしまったら終わりだと言うのも、その人独自の可能性が無くなってしまうからだ。生きることとは、それぞれの可能性をそれぞれの形で確立していくことなのではないだろうか。
***
長っwww
あと二回くらい載せないと終わりそうにないわwww
読んでくれている人はいるのかなー。
決してコピーペーストで手抜きなわけじゃn(ry
今日も来てくれてありがとう。次回に続きます。
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その一つが体調である。私は大学三年生になってから、体調を崩す日々が続いていた。咳が止まらず、夜もよく眠れない日々が続く。だが、今まで特に大きな病気をしたことがなかったために、そのうち治るだろうと高をくくっていた。早く病院に行かなければと思いつつも、授業やアルバイトを休むとなると、その後が面倒なことになると思い、なかなか足を運ばずにいた。体はだるく、正直何もする気になれなかった。だが、やることはたくさんある。やらなければ周りに迷惑がかかる。でも、思うように動いてくれない自分の体。不満が募り、自己嫌悪になる毎日だった。
約一ヶ月そんな状態が続いたとき、やっと病院に行く目処がついた。百日咳だと診断され、しまいには喘息が発症してしまった。病院の先生には、なぜもっと早く来なかったのかと怒られた。「ゼミもサークルもやめなさい」と言われるのではないかと思い、親には体調のことを黙っていた。しかし、飲んでいた薬が見つかって結局怒られた。
薬を飲んで布団に横になりながら、健康でいられることはどれほど幸せなことかを実感していた。私は生きていれば何でもできると思っていたが、そうではない。私がこうしてキーボードを叩いているときに、治療に苦しみ、病と闘っている人がいる。肉体的な病だけではなく、精神的なものもあるだろう。死んでしまったら終わりだと、健康で不自由なく暮らしている私より遥かに強く感じているに違いない。生きているからといって、何でもできるわけではないのだ。自分が健康に恵まれていると、そのことを忘れて毎日を送りがちである。健康であるかどうかは、全ての人間の可能性に大きく関わることであり、生きていく上で重要な要素だろう。
自分が身を置く社会についても同じことが言える。私は日本に住んでいる。高級な暮らしをしているわけではないが、大学進学をして、飢えに苦しむこともなく暮らしている。アルバイトをして、それなりに自由に遊べるお金もある。同じ日本に住んでいても、食に困っている人や希望通りの進路が選べなくて苦しんでいる人もいる。自分が身を置く社会によって、行動が制限されてしまうこと。これは日本だけではない。
もっと目線を遠くにして考えてみれば、日本以外で行動が制限されてしまっている人は多くいる。今でも頭から離れないのは二年前にカンボジアに行ったときのことである。そこで出会った女の子の将来の夢はファーストフード店の店員だという。これを聞いたとき、正直に言って私は「日本なら、高校生からアルバイトでできる仕事じゃないか」と思ってしまった。それを彼女は一生の仕事にしたいのだという。
失礼な話だが、私はそれが一生の仕事でいいのかと当時は思ってしまった。日本で暮らす私にとって、その女の子の夢はとても小さく感じられてしまったのだ。日本と比べて「行動が制限されている」とショックを受けたのを今でも覚えている。
だが、行動が制限されているのではないか、夢が小さすぎるのではないかと感じてしまうのは私の価値観である。先進国と同じような暮らしをすること、日本でできることが彼女にとって幸せとは限らない。行動が制限されていると私がいくら感じたとしても、その国で家族と一緒に暮らすことができること、見慣れた風景に囲まれていること、友達が周りにいることを考えたら、その国で暮らすことは彼女にとって幸せすぎることなのかもしれない。その国でファーストフード店の店員をすることは彼女の大切な夢なのだ。それを小さいとか、日本では考えられないと思ってしまうのは、その国で彼女を毎日見ていない私の価値観の一方的な押し付けに違いない。
生き続けていれば、これから何かをできるという可能性はなくならない。だが、生きていても無限の可能性があるとは限らない。あったとしても、その先に待ち構えることには個人差がある。食に困らず、健康に困らなかったとしても、やることを目の前にして嫌気が差す。食に困っていたとしても、やりたいことを見据えてワクワクする。本当に生き方は人それぞれなのだ。生きているから無限の可能性があるのではなく、生きている人それぞれが持っている可能性があるのだろう。死んでしまったら終わりだと言うのも、その人独自の可能性が無くなってしまうからだ。生きることとは、それぞれの可能性をそれぞれの形で確立していくことなのではないだろうか。
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長っwww
あと二回くらい載せないと終わりそうにないわwww
読んでくれている人はいるのかなー。
決してコピーペーストで手抜きなわけじゃn(ry
今日も来てくれてありがとう。次回に続きます。
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